東京高等裁判所 平成11年(行ケ)148号 判決 2000年5月25日
原告
サミー株式会社
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁理士
【B】
【C】
被告
特許庁長官【D】
指定代理人
【E】
【F】
【G】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた裁判
「特許庁が平成10年異議第70022号事件について平成11年4月2日にした決定を取り消す。」との判決。
第2事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「スロットマシン」とする特許第2627715号発明(平成5年10月15日特許出願(特願平5-258133号)、平成9年4月18日設定登録。本件発明)の特許権者であるが、特許異議の申立てがあり、平成10年異議第70022号事件として審理され、その間の平成10年7月13日訂正請求をしたところ、訂正拒絶理由通知があり、平成11年1月11日に訂正明細書の補正をしたが、平成11年4月2日、特許第2627715号の特許を取り消すとの決定があり、その謄本は同月26日原告に送達された。
2 本件発明の要旨
複数のリールと、これらのリールの回転を開始させるスタートスイッチと、
乱数を発生させる乱数発生手段と、
前記スタートスイッチからのスタート信号に基づいて、前記乱数発生手段から発生される乱数値から一つの乱数値を抽選する確率抽選手段と、
この確率抽選手段により抽選された乱数値により、通常確率か、通常確率より高い入賞確率の高確率かの判定を行い、当該判定結果が通常確率の場合には通常確率判定信号を出力するとともに、高確率の場合には高確率判定信号を出力する確率判定手段と、
この確率判定手段からの高確率判定信号に基づいて、通常確率から高確率へ変更されたことを遊技者に報知する特定確率報知手段とを備えたことを特徴とするスロットマシン。
3 決定の理由の要点
(1) 訂正明細書の補正の適否についての判断
(1)-1 訂正明細書の補正(平成11年1月11日)は、主として、訂正請求書(平成10年7月13日)に添付された全文訂正明細書の特許請求の範囲の「複数のリールと、これらのリールの回転を開始させるスタートスイッチと、
乱数を発生させる乱数発生手段と、
前記スタートスイッチからのスタート信号に基づいて、前記乱数発生手段から発生される乱数値から一つの乱数値を抽選する確率抽選手段と、
この確率抽選手段により抽選された乱数値により、通常確率か、通常確率より高い入賞確率の高確率かの入賞確率の判定を行い、当該判定結果が通常確率の場合には通常確率判定信号を出力するとともに、高確率の場合には高確率判定信号を出力する確率判定手段と、
この確率判定手段からの高確率判定信号に基づいて、通常確率から高確率へ変更されたことを遊技者に報知する特定確率報知手段と、
前記確率判定手段により判定される前記通常確率における通常入賞確率データ及び前記確率判定手段により判定される高確率における高入賞確率データを記憶する入賞確率データ記憶手段と、
前記確率判定手段から出力される高確率判定信号の入力を条件に、前記入賞確率データ記憶手段に記憶された高入賞確率データを選択する確率選択手段と、
前記乱数発生手段から発生される乱数値から一つの乱数値を抽選する入賞抽選手段と、
前記入賞抽選手段により抽選された乱数値と前記入賞確率データ記憶手段の通常入賞確率データ若しくは高入賞確率データとに基づいて、入賞を判定し、入賞信号を出力する入賞判定手段と、を備えたことを特徴とするスロットマシン。」
とあるのを、
「複数のリールと、
これらのリールの回転を開始させるスタートスイッチと、
乱数を発生させる乱数発生手段と、
前記スタートスイッチからのスタート信号に基づいて、前記乱数発生手段から発生される乱数値から一つの乱数値を抽選する確率抽選手段と、
この確率抽選手段により抽選された乱数値により、通常確率か、通常確率より高い入賞確率の高確率かの入賞確率の判定を行い、当該判定結果が通常確率の場合には通常確率判定信号を出力するとともに、高確率の場合には高確率判定信号を出力する確率判定手段と、
この確率判定手段からの高確率判定信号に基づいて、通常確率から高確率へ変更されたことを遊技者に報知する特定確率報知手段とを備え、
確率判定手段は、
当該確率判定手段により判定される前記通常確率における通常入賞確率データ及び前記確率判定手段により判定される高確率における高入賞確率データを記憶し、
当該確率判定手段から出力される高確率判定信号の入力を条件に、当該確率判定手段に記憶された高入賞確率データを選択し、
前記乱数発生手段から発生される乱数値から一つの乱数値を抽選し、
抽選された乱数値と通常入賞確率データ若しくは高入賞確率データとに基づいて、入賞を判定し、入賞信号を出力するようにしたことを特徴とするスロットマシン。」
と補正しようとするものである。
(1)-2 そこで、当該補正事項について検討する。
訂正請求書に添付された訂正明細書(補正前の訂正明細書)の5頁23行~6頁21行の
「上記中央制御装置50は、図1に示すように、・・・通常確率における通常入賞確率データと、高確率における高確率入賞確率データとからなる、いわゆる入賞確率データを記憶する入賞確率データ記憶手段55と、前記確率判定手段53からの通常確率判定信号の入力を条件に、前記入賞確率データ記憶手段55に記憶された通常入賞確率データを選択するとともに、高確率判定信号の入力を条件に、前記入賞確率データ記憶手段55に記憶された高入賞確率データを選択する確率選択手段54と、前記乱数発生手段52から順次発生される乱数値から一つの乱数値を抽選する入賞抽選手段56と、この入賞抽選手段56により抽選された乱数値と入賞確率データ記憶手段55の通常入賞確率データ若しくは高入賞確率データとに基づいて、入賞を判定し、入賞信号を出力する入賞判定手段59とを備えている。
【0015】
なお、確率判定手段53には、現状が通常確率の場合には、高確率に移行するか若しくは現状維持のままのいずれかを選び、一方、現状が高確率の場合には、通常確率に移行するか若しくは現状維持のままかのいずれかを選ぶ抽選確率データを備えている。
また、図1に示すように、中央制御装置50のランプ点灯制御手段57及び効果音発生手段58と、中央制御装置50の出力側に接続されたランプ30及びスピーカ31とから、通常確率から高確率に変更されたことを遊技者に報知する特定確率報知手段が形成されている。」
との記載は、補正後の全文訂正明細書5頁22行~6頁21行の記載と同じ中央制御装置50について記述しているものと解される。してみると、補正後の特許請求の範囲に記載される「確率判定手段は、当該確率判定手段により判定される前記通常確率における通常入賞確率データ及び前記確率判定手段により判定される高確率における高入賞確率データを記憶し、当該確率判定手段から出力される高確率判定信号の入力を条件に、当該確率判定手段に記憶された高入賞確率データを選択し、前記乱数発生手段から発生される乱数値から一つの乱数値を抽選し、抽選された乱数値と通常入賞確率データ若しくは高入賞確率データとに基づいて、入賞を判定し、入賞信号を出力するようにした」との記載は、補正前の訂正明細書の記載と一致しないし、更にいえば、補正後の明細書の記載とも一致しない。すなわち、補正前の訂正明細書の記載によれば、確率判定手段53は、確率抽選手段51により抽選された乱数値により、通常確率か、通常確率より高い入賞確率の高確率かの判定を行い、当該判定結果が通常確率の場合には通常確率判定信号を出力するとともに、高確率の場合には高確率判定信号を出力するだけであって、補正後のような機能を更に有するものではない。
原告(特許権者、訂正請求人)は、訂正拒絶理由に対する意見書の中で、「確率判定手段が判定する入賞確率が高確率か低確率というときには、そこには入賞判定が行われることが含まれると考えられるからです。入賞の判定無くして、入賞確率が「高確率」であるとか「通常確率」であるとかという判定は生じません。」と主張するが、スロットマシンにおいて、入賞判定を行うことは、従来から普通に行われていると認められるが、その判定をどのような手段でどのように判定をするかは、種々考えられるところであり、その具体的手段として、補正前と補正後とでは、異なるものであることは、上述のとおりである。
よって、上記補正事項は、実質上補正前の訂正明細書の特許請求の範囲を変更するものであって、明瞭でない記載の釈明には当たらないものと認められる。
したがって、上記補正事項は、訂正請求書の要旨を変更するものであって、特許法131条2項の規定に該当し、その余の補正事項に触れるまでもなく、上記訂正明細書の補正は認められない。
(1)-3 訂正の適否についての判断
本件訂正請求(平成10年7月13日)は、特許第2627715号の特許明細書を本件訂正請求書に添付した訂正明細書のとおり訂正することを求めたものであって、その要旨は、
A.特許請求の範囲の
「複数のリールと、これらのリールの回転を開始させるスタートスイッチと、
乱数を発生させる乱数発生手段と、
前記スタートスイッチからのスタート信号に基づいて、前記乱数発生手段から発生される乱数値から一つの乱数値を抽選する確率抽選手段と、
この確率抽選手段により抽選された乱数値により、通常確率か、通常確率より高い入賞確率の高確率かの判定を行い、当該判定結果が通常確率の場合には通常確率判定信号を出力するとともに、高確率の場合には高確率判定信号を出力する確率判定手段と、
この確率判定手段からの高確率判定信号に基づいて、通常確率から高確率へ変更されたことを遊技者に報知する特定確率報知手段とを備えたことを特徴とするスロットマシン。」
とあるのを、特許請求の範囲の減縮を目的として、
「複数のリールと、これらのリールの回転を開始させるスタートスイッチと、
乱数を発生させる乱数発生手段と、
前記スタートスイッチからのスタート信号に基づいて、前記乱数発生手段から発生される乱数値から一つの乱数値を抽選する確率抽選手段と、
この確率抽選手段により抽選された乱数値により、通常確率か、通常確率より高い入賞確率の高確率かの入賞確率の判定を行い、当該判定結果が通常確率の場合には通常確率判定信号を出力するとともに、高確率の場合には高確率判定信号を出力する確率判定手段と、
この確率判定手段からの高確率判定信号に基づいて、通常確率から高確率へ変更されたことを遊技者に報知する特定確率報知手段と、
前記確率判定手段により判定される前記通常確率における通常入賞確率データ及び前記確率判定手段により判定される高確率における高入賞確率データを記憶する入賞確率データ記憶手段と、
前記確率判定手段から出力される高確率判定信号の入力を条件に、前記入賞確率データ記憶手段に記憶された高入賞確率データを選択する確率選択手段と、
前記乱数発生手段から発生される乱数値から一つの乱数値を抽選する入賞抽選手段と、
前記入賞抽選手段により抽選された乱数値と前記入賞確率データ記憶手段の通常入賞確率データ若しくは高入賞確率データとに基づいて、入賞を判定し、入賞信号を出力する入賞判定手段と、を備えたことを特徴とするスロットマシン。」
と訂正し、
さらに、上記Aの訂正に伴う明細書の明瞭でない記載の釈明を目的として、
B.明細書3頁7行目の「特定確率報知手段(60)とを備えた。」を「特定確率報知手段(60)と、前記確率判定手段(53)により判定される前記通常確率における通常入賞確率データ及び前記確率判定手段により判定される高確率における高入賞確率データを記憶する入賞確率データ記憶手段(55)と、前記確率判定手段(53)から出力される高確率判定信号の入力を条件に前記入賞確率データ記憶手段(55)に記憶された高入賞確率データを選択する確率選択手段(54)と、前記乱数発生手段(52)から発生される乱数値から一つの乱数値を抽選する入賞抽選手段(56)と、前記入賞抽選手段(56)により抽選された乱数値と前記入賞確率データ記憶手段(55)の通常入賞確率データ若しくは高入賞確率データに基づいて、入賞を判定し、入賞信号を出力する入賞判定手段(59)と、を備えたことを特徴とする。」と訂正することを求めるものである。
(1)-4 そこで、これらの訂正事項について検討する。
訂正事項Aについては、願書に添付した明細書及び図面に記載された発明に、「前記確率判定手段により判定される前記通常確率における通常入賞確率データ及び前記確率判定手段により判定される高確率における高入賞確率データを記憶する入賞確率データ記憶手段と、前記確率判定手段から出力される高確率判定信号の入力を条件に、前記入賞確率データ記憶手段に記憶された高入賞確率データを選択する確率選択手段と、前記乱数発生手段から発生される乱数値から一つの乱数値を抽選する入賞抽選手段と、前記入賞抽選手段により抽選された乱数値と前記入賞確率データ記憶手段の通常入賞確率データ若しくは高入賞確率データとに基づいて、入賞を判定し、入賞信号を出力する入賞判定手段」を追加したものと認められる。原告は、願書に添付した明細書の5頁5~23行及び図1に明示されていたものであって、特許請求の範囲の減縮に当たり、実質上特許請求の範囲を拡張し変更するものではないと主張している。確かに、上記訂正事項Aは、請求人の主張のとおり願書に添付した明細書中に記載されている。しかしながら、願書に添付した明細書及び図面に記載された発明は、入賞確率の変動を遊技者に知らせ、もって変化に富む、ゲーム性が向上したスロットマシンを提供することをその目的とするものであって、どのように入賞判定するかは、発明の対象とはなっていなかったものである。原告が主張するように、願書に添付した明細書及び図面に記載された発明において、入賞判定が行われることは含まれるとしても、そこに記載された発明では、その入賞判定はどのようなやり方であってもよかったものである。言い換えれば、そこに記載された発明は、願書に添付した明細書9頁1行~19頁6行に記載されるスロットマシンの動作の説明(図3~6のフローチャート参照)によれば、スロットマシンにおいて、ステップ71~77までの動作を行い得る手段を備えていたにすぎないものであったのに対して、訂正後の発明は、ゲームスタートからゲーム終了までのすべての動作を行い得る手段を備えるものとなった。すなわち、訂正後の発明は、願書に添付した明細書及び図面に記載された発明に、その後のステップ78~119を行い得る手段が追加されたものである。したがって、当該訂正は、特許請求の範囲の減縮とはいえず、実質的に願書に添付した明細書及び図面に記載された特許請求の範囲を変更するものである。
また、訂正事項Bは、上記訂正事項Aの訂正に伴う訂正であるから、当該訂正事項Bも明瞭でない記載の釈明とは認められない。
以上のとおりであるから、本件訂正請求は、特許法120条の4第3項で準用する同法126条2項の規定に違反するので、当該訂正は認められない。
(2) 特許異議の申立てについての判断
(2)-1 本件発明
本件発明は、願書に添付した明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲の請求項1に記載された次の事項によって特定されるとおりのものである。
「複数のリールと、これらのリールの回転を開始させるスタートスイッチと、
乱数を発生させる乱数発生手段と、
前記スタートスイッチからのスタート信号に基づいて、前記乱数発生手段から発生される乱数値から一つの乱数値を抽選する確率抽選手段と、
この確率抽選手段により抽選された乱数値により、通常確率か、通常確率より高い入賞確率の高確率かの判定を行い、当該判定結果が通常確率の場合には通常確率判定信号を出力するとともに、高確率の場合には高確率判定信号を出力する確率判定手段と、
この確率判定手段からの高確率判定信号に基づいて、通常確率から高確率へ変更されたことを遊技者に報知する特定確率報知手段とを備えたことを特徴とするスロットマシン。」
(2)-2 引用刊行物
(2)-2-1 異議手続において通知のあった取消理由に引用した刊行物1(「パチスロ完全攻略事典」PART5、株式会社日本文芸社、平成2年8月30日発行、196~201頁「アラジン」)には、
「アラジンでは、すべての役のフラグが立つか立たないかは、コインを投入してスタートレバーをたたいたタイミングで決まる。
・・・
コンピュータ内部では、ほとんど常に数字の計算が行われ、レバーがたたかれた瞬間に、コンピュータが計算していた数字が選ばれる。
その数字が、ある役の当たりならその役のフラグが立ち、当たりでなければフラグは立たない。つまり、コンピュータからの数字1個1個には、おのおのの役の当たりはずれの役割があり、レバーをたたくたびに、当たりはずれの抽選をしているのと同じなのである。
・・・
アラジンのコンピュータが計算している数字は2通りある。
1つは、ビッグチャンス、レギュラーボーナス、シングルボーナス、および小役のフラグの判定用の数字で、範囲は1~65535となっている。これを乱数A(誤記と認められる。正しくはBである。)とする。
もう1つは、シングルボーナスの集中役のフラグの判定のための専用の数字で、範囲は0~65535。これを乱数B(誤記と認められる。正しくはAである。)とする。
アラジンのコンピュータでは、まず最初にシングルボーナスの集中役の判定を行い、次にほかの役の判定に進む。
・・・
表1からわかるように、アラジンでは、乱数Bによる判定に設定するごとの差が出ていない。シングルボーナスの集中役の確率によって、設定に明確な違いが出てくるのである。
・・・
シングルボーナスの集中役の最中での、乱数Bの中での役のフラグの成立確率は以下のようになる。
① ビッグチャンス……通常時と同じ約0.243%
② レギュラーボーナス……通常時と同じ約0.284%
③ シングルボーナス……通常時の約10倍の約16.66%
④ 小役……8枚小役は通常より低い約6.67%。5・7枚チェリーは通常と同じ約0.50%。単チェリーは通常の約100倍の約49.90%。
─以上のように、シングルボーナスと単チェリーの確率が、通常より大きく上昇するのである。」(197頁下段3行~198頁下段7行、198頁表1、199頁表2)
と記載されている。
また、196頁には、複数のリールを備えるスロットマシン「アラジン」の写真が掲載されている。
(2)-2-2 同刊行物2(「パチスロ完全攻略事典」PART5、株式会社日本文芸社、平成2年8月30日発行、148~151頁「ベンハー」))には、「⑤小役の集中役……前記のチェリーを含む小役が60回の間にひんぱんに取れる役のことを指す。今までの役のように特定の絵柄が並んで始まるというものではない。ベルの小役が出たあと、この役にはいったり入らなかったりする。この役が成立した場合、台の正面右側のCONGRATULATIONのLEDが6個点灯し、10ゲームを消化するたびに1個ずつ消えていく。全部で60回のゲームの間、この役が継続する。」(149頁下段15行~150頁上段第9行)、「①完全確率方式のため、天井はなく、まだビッグチャンスその他の役も、純粋にレバーを叩いたときの運のよし悪しで決まる。」(151頁上段4~8行)と記載されている。
(2)-2-3 同刊行物3(「パチスロ完全攻略事典」PART5、株式会社日本文芸社、平成2年8月30日発行、140~143頁「ガリバー」)には、「シングルボーナスの集中役、またの名をJACパニックというが、これは約5回のゲームにつき1回の割合でシングルボーナスが出るという役だ。通常ゲーム中の確率の、ちょうど10倍になる。
シングルボーナスの集中役というのは、遊技中においてはなかなかわかりにくく、台の上方につけられた別個のランプを点灯させて知らせるようにする店が多い。
・・・
集中役の判定には、ほかの役で用いられた乱数Xとは、まったく無関係の乱数Yが使われる。」(142頁中段5行~同頁下段13行)
と記載されている。
(2)-2-4 同刊行物4(特開昭62-127086号公報)には、
「①周面に複数個の絵柄が配列された複数のドラムと、それぞれドラムを駆動するための駆動手段と、駆動手段が始動する毎に特定の入賞の条件を向上させるための抽選を行う抽選手段と、抽選結果に応じて前記駆動手段の動作を制御して特定の入賞の条件を向上させるための入賞条件向上手段と、抽選結果を遊戯者に報知する報知手段とを具備して成るスロットマシン。
・・・
④ 前記報知手段は、表示手段や発音手段を含んでいる特許請求の範囲第1項記載のスロットマシン。」(特許請求の範囲)、
「今メダルの投入および始動レバー6の操作によりドラム1a、1b、1cが一斉始動すると、まずCPU27はROM28に予め格納してある乱数テーブルより任意の乱数を取り込んで、抽選処理を開始する(ステップ21、22)。この抽選処理は、乱数値がRAM29にセット済みの設定値と一致するか否かを判定し、もしこれが一致するとき、ボーナスゲームにかかる絵柄配列が生じ易いような停止制御を、各ドラムに対し与えるものである。なお前記の設定値は、例えばその数を自由に変更できるようになっており、これによりボーナスゲームの発生頻度を適宜に調整し得る。そしてこの抽選により一致判定があると、ステップ23が“YES”となり、ステップ24で抽選結果表示ランプ30による発光および音声発生部23による発音の各動作が実施される。」(4頁左上欄1~17行、第1、6図)
と記載されている。
(2)-3 判断
本件発明と上記刊行物1に記載された発明(引用発明)とを対比すると、引用発明における「スタートレバー」、「コンピュータが計算している数字」、「レバーがたたかれた瞬間に、コンピュータが計算していた数字が選ばれる(こと)」、「シングルボーナス」、「シングルボーナスの集中役の判定を行う(こと)」が、本件発明における「スタートスイッチ」、「乱数」、「確率抽選手段」、「通常確率より高い入賞確率の高確率」、「確率判定手段」に相当することは明白である。また、引用発明が、複数のリールを備えるスロットマシンであることも明白であり、引用発明におけるスタートレバーをたたくと、当該複数のリールの回転が開始されることも明白である。してみれば、両者は、複数のリールと、これらのリールの回転を開始させるスタートスイッチと、乱数を発生させる乱数発生手段と、前記スタートスイッチからのスタート信号に基づいて、前記乱数発生手段から発生される乱数値から一つの乱数値を抽選する確率抽選手段と、この確率抽選手段により抽選された乱数値により、通常確率か、通常確率より高い入賞確率の高確率かの判定を行い、当該判定結果が通常確率の場合には通常確率判定信号を出力するとともに、高確率の場合には高確率判定信号を出力する確率判定手段とを備えたスロットマシンである点で一致し、本件発明が、確率判定手段からの高確率判定信号に基づいて、通常確率から高確率へ変更されたことを遊技者に報知する特定確率報知手段を備えているのに対して、引用発明はこの手段を備えていない点で相違する。
上記相違点について検討する。刊行物2には、小役の集中役が成立した場合(本件発明における「通常確率から高確率へ変更された」場合に相当する。)にLEDが点灯することが、刊行物3には、シングルボーナスが出た場合に台の上方につけられた別個のランプを点灯させて知らせるようにすることが、それぞれ開示されている。また、刊行物4には、光及び音による報知手段が開示されている。本件発明、引用発明及び刊行物2~4に記載される発明は、いずれもスロットマシンという同一の技術分野に属する技術であり、したがって、引用発明に刊行物2~4に記載される発明を適用して本件発明のように構成することは、当業者であれば容易に想到し得るものと認められる。そしてその奏する作用効果も、引用発明及び刊行物2~4に開示されるものの和を越えるものではない。
(2)-4 むすび
以上のとおりであるから、本件発明は、上記引用発明及び刊行物2~4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1に係る特許は特許法29条2項の規定に違反してされたものである。すなわち、本件発明の特許は拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認める。
したがって、本件請求項1に係る特許は、平成6年法律第116号附則14条の規定に基づく、平成7年政令第205号4条1項及び2項の規定により、取り消すべきものである。
第3原告主張の決定取消事由
決定は、引用発明の「シングルボーナス集中役の判定を行う(こと)」が本件発明の「確率判定手段」に相当すると認定した上で、一致点の認定において「・・・確率判定手段とを備えたスロットマシンである点で一致し」と認定したが、誤りである。決定は、この誤った認定に基づいて本件発明の進歩性を誤って否定したものである。
1 本件発明の「確率判定手段」は、本件発明の要旨にあるとおり、「確率抽選手段により抽選された乱数値により、通常確率か、通常確率より高い入賞確率の高確率かの判定を行い、当該判定結果が通常確率の場合には通常確率判定信号を出力するとともに、高確率の場合には高確率判定信号を出力する」という構成を備えている。
つまり、「確率判定手段」は、具体的には、スタートスイッチの操作時の確率に応じて(毎回遊技ごと)に、判定時の確率が通常確率のときには、このまま通常確率を維持するのか、高確率となるのかを判定し、逆に、判定時の確率が高確率のときには、このまま高確率を維持するのか、通常確率となるのかを判定することを内容とする。
一方、引用発明の「シングルボーナス集中役の判定を行う(こと)」には、本件発明の「確率抽選手段」の具体的構成である、「判定時の確率が通常確率のときには、このまま通常確率を維持するのか、高確率となるのかを判定する」構成を備えているが、「判定時の確率が高確率のときには、このまま高確率を維持するのか、通常確率となるのかを判定する」という構成を有していない。
2 刊行物1には、決定が認定するとおり次の事項の記載がある。
(1) 「もう1つは、シングルボーナスの集中役のフラグの判定のための専用の数字で、範囲は0~65535。これを乱数B(誤記と認められる。正しくはAである。)とする。
アラジンのコンピュータでは、まず最初にシングルボーナスの集中役の判定を行い、次にほかの役の判定に進む。」
(2) 「シングルボーナスの集中役の最中での、乱数Bの中での役のフラグの成立確率は以下のようになる。
① ビッグチャンス……通常時と同じ約0.243%
② レギュラーボーナス……通常時と同じ約0.284%
③ シングルボーナス……通常時の約10倍の約16.66%
④ 小役……8枚小役は通常より低い約6.67%。5・7枚チェリーは通常と同じ約0.50%。単チェリーは通常の約100倍の約49.90%。
─以上のように、シングルボーナスと単チェリーの確率が、通常より大きく上昇するのである。」
(1) の記載は、「シングルボーナスの集中役のフラグの判定」を行う乱数に関する記述と理解され、(2)の記載は、「シングルボーナスの集中役の最中での、乱数Bにおける役のフラグの成立確率」に関する記述と理解され、シングルボーナス集中役の最中では、特定の役の確率が上昇する旨が説明され、加えて「表2」において、設定1~6における「シングルボーナスの集中役の確率」が示されている。
3 上記(1)、(2)の二つの記載を要約すると、「乱数を用いて、シングルボーナスの集中役のフラグの判定を行い、シングルボーナスの集中役は、表2に記載されている確率で判定され、シングルボーナスの集中役の最中では、特定の役の確率が通常よりも大きく上昇する。」と理解される。
そして、このような記載を総合すると、まず、決定の引用する刊行物1には、どのような状態で、シングルボーナスの集中役の判定を行っているのかについての明確な記述はないと理解され、ひいてはシングルボーナスの集中役の最中において、シングルボーナスの集中役の判定を行っているか否かについては、明確に記載されていないといえる。
したがって、引用発明には、本件発明の「確率判定手段」における、「判定時の確率が高確率のときには、このまま高確率を維持するのか、通常確率となるのかを判定する」構成が記載されていないといえる。
4 仮に、シングルボーナスの集中役の最中に、シングルボーナスの集中役の判定を行っていると仮定すると、その確率は表2に従うこととなると理解される。例えば、設定1におけるシングルボーナスの集中役の確率は、1/6554なので(刊行物1の199頁表2)、まず、シングルボーナス集中役となり、そのシングルボーナス集中役における最初のゲームで、次回の遊技がシングルボーナスの集中役と判定される確率は、「1/6554*1/6554=1/42954916」ということとなり、シングルボーナス集中役の状態が2ゲーム継続する確率は、1/42954916という極めて非現実的な数値となる。
このような非現実的確率でしか存在しないシングルボーナスの集中役が連続して判定されることをもって、刊行物1が、アラジンなるスロットマシンに、シングルボーナスの集中役が存在すると説明しているとは考え難い。また、このようにほとんど連続しないシングルボーナスの集中役の説明中に、「シングルボーナスの集中役は、・・・・・、平均で267回続く。」(刊行物1の199頁上段8行~11行)との記載があるのも矛盾する。むしろ、継続的に続くのが原則であって、シングルボーナスの集中役を終了する判定は何か別の方法をもって行っていると理解される。
このため、刊行物1には、シングルボーナス集中役の最中に、シングルボ一ナスの集中役の判定を行っているか否かは全く記載されていないものと理解することができる。
第4決定取消事由に対する被告の反論
1 原告は、引用発明は、本件発明の「確率判定手段」に相当する構成を備えていないと主張する。
しかし、刊行物1には「アラジンのコンピュータでは、まず最初にシングルボーナスの集中役の判定を行い、次にほかの役の判定に進む。」(198頁上段31行~同頁中段1行)と記載されており、引用発明は、まず最初に、乱数Aから選ばれた数字が、シングルボーナスの集中役という役に当たっているか否かを判定していることは明白である。
2 シングルボーナスの集中役に当たると、乱数Bから選ばれた数字が当たる確率が高確率になることは、刊行物1の198頁中段9行~下段8行の記載から明らかであり、198頁下段9~18行の記載は、次のゲームにおいて、乱数Aで選ばれた数字が、前回のゲームで立っているフラグと同じ役のフラグを立てるものであると、シングルボーナスの集中役が終了する(パンクする)ことを示しているものであり、このことは、シングルボーナスの集中役の判定を行った結果、シングルボーナスという高確率から通常確率へ確率が移行することを示唆している。さらにいえば、乱数Aで選ばれた数字が、同じ役のフラグが立てるものでなければ、シングルボーナスの集中役は終わらない(すなわち、シングルボーナスという高確率が維持される)ことを示唆している。
したがって、「引用発明における「シングルボーナスの集中役の判定を行う(こと)」が、本件発明における「確率判定手段」に相当することは明白である。」とした決定の判断に誤りはない。
3 なお、決定において、「引用発明における「シングルボーナス」が、本件発明における「通常確率より高い入賞確率の高確率」に相当する。」としたのは誤りで、「引用発明における「シングルボーナスの集中役」が、本件発明における「通常確率より高い入賞確率の高確率」に相当する。」とすべきであった。
第5当裁判所の判断
1 本件発明について
(1) 本件明細書の記載事項
甲第7号証(本件発明の平成7年12月18日付け手続補正書)によれば、本件発明について、明細書に次のとおりの記載があることが認められる(別紙本件発明実施例図面参照)。
【0001】
【産業上の利用分野】この発明は、スロットマシンに関し、特に入賞確率の変動を遊技者に報知させるようにしたものである。
【0002】
【従来の技術】従来、この種のスロットマシンとしては、複数のリールと、これらのリールの回転を開始させるスタートスイッチと、乱数を順次発生させる乱数発生手段と、前記スタートスイッチからのスタート信号に基づいて、前記乱数発生手段から順次発生される乱数値から一つの乱数値を抽選する確率抽選手段と、この確率抽選手段により抽選された乱数値により、通常確率か、通常確率より高い入賞確率の高確率かの判定を行い、当該判定結果が通常確率の場合には通常確率判定信号を出力するとともに、高確率の場合には高確率判定信号を出力する確率判定手段と、・・・メダルを払い出すメダル払出手段とを備えていたものが知られていた。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】しかし、上記した従来のスロットマシンでは、通常確率から高確率へ変更された際、スロットマシンの内部で入賞確率が変更されるだけで、高確率に移行した事実は表示されないため、遊技者は通常確率若しくは高確率のいずれの状態で遊技中なのか判断することができなかった。したがって、高確率に移行しても、面白味に欠けるという問題点があった。
【0004】 そこで、請求項1記載の発明は、上記した従来の技術の有する問題点にかんがみてなされたものであり、その目的とするところは、入賞確率の変動を遊技者に知らせ、もって変化に富む、ゲーム性が向上したスロットマシンを提供しようとするものである。
【0007】 これにより、遊技者は現在の遊技状態の設定確率が通常確率若しくは高確率のいずれに設定されているか、即座に知ることができる。
【0019】 そして、当該判定結果が通常確率の場合には、確率判定手段53は、通常確率判定信号をランプ点灯制御手段57、効果音発生手段58及び確率選択手段54に出力する。これに対して、当該判定結果が高確率の場合には、確率判定手段53は、高確率判定信号をランプ点灯制御手段57、効果音発生手段58及び確率選択手段54に出力する。
【0062】
【発明の効果】本発明は、以上のように構成されているので、以下に記載されるような効果を奏する。
請求項1記載の発明によれば、特定確率報知手段を設けることで、入賞確率の変動を遊技者に知らせ、もって変化に富む、ゲーム性が向上したスロットマシンを提供することができる。
(2) これらの記載によれば、確率抽選手段により抽選された乱数値により、通常確率か、通常確率より高い入賞確率かの判定を行い、確率判定信号に基づき入賞確率データを選択するようなスロットマシンは従来から知られていたが、通常確率から高確率へ変更された際、高確率に移行した事実が表示されないため、遊技者が通常確率・高確率のいずれの状態なのか判断できず、面白みに欠けるという問題点があったことにかんがみ、本件発明の構成が採択されたものであり、本件発明のスロットマシンは、通常確率から高確率に変更されたことを遊技者に報知する特定確率報知手段(実施例におけるランプ、効果音発生手段)を備えたものであるということができる。
2 決定取消事由に対する判断
(1) 決定は、引用発明の「シングルボーナス」が本件発明の「通常確率より高い入賞確率の高確率」に相当すると認定しているが、ここでいう引用発明の「シングルボーナス」が「シングルボーナスの集中役」の誤記であることは、被告も自認するとおり自明のことと認められる。
(2) 甲第2号証によれば、引用発明の「シングルボーナスの集中役」であるかどうかの判定につき、刊行物1には以下の記載があることが認められる。
① 「もう1つは、シングルボーナスの集中役のフラグの判定のための専用の数字で、範囲は0~65535。これを乱数A(刊行物1には「B」とあるが、「A」の誤記であることは決定認定のとおりと認める。)とする。
アラジンのコンピュータでは、まず最初にシングルボーナスの集中役の判定を行い、次にほかの役の判定に進む。」(198頁上段26行~中段1行)
② 「乱数Aによって判定されるシングルボーナスの集中役の確率を、左ページの表2に示した。」(198頁中段12~14行)
③ 上記②の「左ページの表2」が199頁にあり、「シングルボーナスの集中役の確率」と題して、設定が1~6まであり、各設定ごとに異なる確率が記載されており、例えば設定1では確率が0.0153%(1/6554)と記載されている。
④ 「シングルボーナスの集中役は、乱数Aで再度同じ役のフラグが立つか、乱数Bでビッグチャンスを当てた場合に終了する。レギュラーボーナスは終了しない。
シングルボーナスの集中役中に、再度同じ役のフラグが立つ(つまりパンクする)確率は、全設定共通に約0.13%となっている。」(198頁下段9~18行)
(3) 引用発明において、スタートスイッチの操作時の状態が、シングルボーナスの集中役である状態とそうでない状態の2種類あることは自明である。そして、前記④はシングルボーナスの集中役の終了についての記載であり、「シングルボーナスの集中役中に」との記載があることからも、スタートスイッチの操作時の状態が、シングルボーナスの集中役である状態である場合に、全設定共通に乱数Aにより確率約0.13%でシングルボーナスが終了、すなわち約99.87%の確率でシングルボーナスの集中役が継続するように、確率判定を行っているものと認めることができる。
(4) そして、前記③の表2に記載された確率は、前記④に記載の確率と異なるものであるから、表2は④とは異なる状態、すなわち、スタートスイッチの操作時の状態が、シングルボーナスの集中役でない状態における確率を記載したものと解するほかはなく、したがって、前記②の「乱数Aによって判定されるシングルボーナスの集中役の確率」も、前回の操作終了時においてシングルボーナスの集中役でない状態における確率と解すべきである。
そうすると、前記①は、前記②と④を併せ意味する記載であり、スタートスイッチの操作時の状態のいかんにかかわらず、乱数Aによってシングルボーナスの集中役のフラグの判定、すなわち、本件発明における確率判定を行う旨を記載したものと認めるべきである。
(5) 原告は、引用発明では、例えば、表2における設定1で、シングルボーナスの集中役が2ゲーム連続する確率は、1/42954916という極めて非現実的な数値となるから、シングルボーナスの集中役の終了する判定は何か別の方法をもって行っている旨主張する。しかし、この主張は、シングルボーナスの集中役の状態においても表2の確率に従って、すなわち、前記②及び③により判定が行われることを前提とするものであり、これに対し、シングルボーナスの集中役の状態での判定は前記④に従って行われているのであるから、原告のこの主張は前提を欠き採用することができない。
(6) したがって、前記①が刊行物1に記載されていると認めた上で、引用発明の「シングルボーナスの集中役の判定を行う(こと)」が本件発明の「確率判定手段」に相当するとし、これを前提に本件発明と引用発明との対比判断をした決定に、原告主張の誤りはなく、原告主張の決定取消事由は理由がない。
第6結論
以上のとおり、原告主張の決定取消事由は理由がないので、原告の請求は棄却されるべきである。
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 橋本英史)
<以下省略>